Das Glasperlenspiel

○ドイツの小説家へルマン・ヘッセの大作「ガラス玉演戯」を考察しています。ヘッセの他の著作についても、「ガラス玉演戯」と絡めて解説します。

小説『ガラス玉演戯』の目次とあらすじ

 小説『ガラス玉演戯』は主人公であるガラス玉演戯名人、ヨーゼフ・クネヒトの伝記という形で書かれています。本作がどのような章立てで構成されているのか、目次とあらすじを簡単に整理したいと思います。

 

 

『ガラス玉演戯』の目次

 

 

■『ガラス玉演戯』の各章のトピック

序章 ガラス玉演戯

 本書がガラス玉演戯名人、ヨーゼフ・クネヒトの伝記であることの説明。[ガラス玉演戯]の発展の歴史と、その意義や理想について詳しく述べられている。

 フェユトン(文芸娯楽欄)という概念を提示し、二十世紀に見られた娯楽的に文芸を消費する現代人の態度を非難し、ヘッセの求めるより崇高で遊戯的な読書のあり方についての復活を試みる。

演戯名人、ヨーゼフ・クネヒトの伝記

 本書のメインの物語。演戯名人ヨゼフス三世の半生を詳細な資料によって再現し、伝記形式で語られる物語。

 地方の田舎町に生まれた神童の少年クネヒトが、英才学校に入学し、ガラス玉演戯名人に大成し、その後、[ガラス玉演戯]に限界を感じその職を辞し、世俗の家庭教師になるまでが語られる。

 

第一章 召命

 天才児クネヒト少年は、教育州カスターリエンから来た音楽名人に見いだされ入学を許される。教育州カスターリエンの宗団の聖職制度、教育課程の説明する章。クネヒト13~17才くらいまでのエシュホルツ校時代の話。

 教育州の宗団と教育庁の聖職制度は、キリスト教修道院をお手本に、教会を中心とした宗教都市のように、大学を中心とした学園都市を州単位にまで拡大したように描かれています。

 ガラス玉演戯名人と他十二人の名人(音楽名人、瞑想名人、言語名人など)を筆頭に、学問を追求する研究者の育成を行う。英才学校は22歳から25歳までで完結し、卒業後は教育州の外の公立学校の教師になったり、教育州の中で自由な研究活動を認められます。

 特に優秀な人物については宗団に採用され、教育州の運営に関わり、指導的な立場になる。卒業生は宗団の規則に従うことになり、お金や物を所有せず、独身生活を送ります。当然、途中で脱退して世俗に帰っていく者もいます。

 

第二章 ワルトツェル

 エシュホルツ校の4年間が終わると、クネヒトはワルトツェルへ進学します。ワルトツェルは教育州の中でも最も小さい学校ですが、ガラス玉演戯名人の居住地で、町の雰囲気も芸術的です。

 ここでは世俗の子の代表である聴講生プリニオ・デシニョリが登場します。クネヒトは彼と不思議で危険な友情を築きます。

 プリニオはカスターリエン人ではなく、その教育制度を利用して勉強だけをする聴講生(世間へ帰っていく生徒)なのですが、税金によって成り立っている教育州を皮肉ります。

 しかし一方で、デシニョリはクネヒトに惹かれていて、教育州を批判しながらも、世俗の「自然な生活」を肯定させようとクネヒトに論争を仕掛けます。

 クネヒトはカスターリエンの代弁者の役割を演じ、この時期が彼を鍛え、自作のガラス玉演戯の草案をまとめるまでに至ります。

   

第三章 研究時代

 ワルトツェル卒業で、クネヒトの生徒時代は終わり、自由研究の時期が始まります。24才です。教育州では社会や実益とは関係の無い、自由な研究が許されていますので、テーマを定めて学問の追求ができます。この時代にクネヒトはフレッツ・テグラリウスという学友を得ます。

 クネヒトは研究論文として「雨ごい師」「ざんげ聴聞師」「インドの履歴書」を提出し、その後はドイツの敬虔主義を研究し、隠遁生活を送っていた老兄を訪ねてシナ語と易経(64卦の竹板を用いた占い)を学びます。

 その後、クネヒトは現役のガラス玉演戯名人トーマスから呼び出され、名人の仕事を手伝うように命じられます。しかし、この手伝いは建前で、宗団への採用試験を兼ねており、クネヒトは晴れて宗団の一員として招かれます。

 

第四章 二つの宗団

 教育州の宗団の運営は、キリスト教修道院の規律を手本としていたのですが、宗団に採用されたクネヒトはすぐにマリアフェルスに出向を命じられ、そこで修道院の生活を学びます。

 この出向にはもうひとつの思惑があり、ベネディクト派宗団の最大の歴史家であるヤコブス神父と接触し、親交を築くことです。クネヒトは当初、教育州の思惑を知らず、歴史の共同研究(18世紀の敬虔主義)によってヤコブス神父の信頼を得ます。

 

第五章 使命

 教育州から自分が外交官の役割を担っていたことを明らかにされると、クネヒトは自身を恥じ、ヤコブス神父に対して気後れします。クネヒトは37才です。

 しかし、ヤコブス神父はクネヒトの苦悩を言い当て、逆に救いの手を差し伸べ、「宗団の思惑は無視して、私たちの研究を続けよう」と教師と生徒の役割を入れ換えながら、友情を深めていきます。

 ローマカトリックはガラス玉演戯に懐疑的なのですが、ローマに強い影響力を持つヤコブス神父をきっかけに、ローマとカスターリエンは良好な関係を構築します。

 

第六章 演戯名人

 ワルトツェルでは毎年春に、大規模な公式のガラス玉演戯大会が催され、2週間近くお祭り状態になります。大役を終えたクネヒトは演戯大会が行われるギリギリまでヤコブス神父の元で楽しく過ごします。

 この章では現役のガラス玉演戯名人トーマス・フォン・デア・トラーフェが老齢で病気となり、代理人の「影法師」ベルトラムが祝典を引き継ぐのですが、ベルトラムはワルトツェルの教師団・英才連から信頼を得ていなかった為に失脚し、大会中に亡くなったガラス玉演戯名人の空席にクネヒトが擁立された経緯が語られています。

 宗団に招かれていない、候補者に留まっている教師団は、若すぎるクネヒト名人を試そうとするのですが、クネヒトは最後には彼らを屈服させます。

 

第七章 在職時代

 ガラス玉演戯名人となったクネヒトは、教師団・英才連を屈服させ、彼らと良好な信頼関係を築きます。そして、自身の名人としての最初の荘厳演戯の主題として、中国における風水の宇宙観をガラス玉演戯で公演しようと決意し、学友テグラリウスを助手に招きます。

 また、この章ではクネヒトを導いた前音楽名人が老齢により、いよいよ弱っていき口数も少なくなります。しかし、前音楽名人は逆に、後光を放つかのように美しく朗らかに神聖さを備え、側で仕える弟子を無言の内に魅了していくようになります。

 宗教を持たない、偶像・個人崇拝を否定するカスターリエンですが、前音楽名人の「神聖な変容」に周囲の人間は戸惑いを隠せません。クネヒトは前音楽名人の中に、音楽という学問を追求し達観した聖人像を見ます。

 

第八章 二つの極

 ガラス玉演戯名人となったクネヒトは、翌年の年次演戯で「シナ人の家の曲」という公演を行い、大成功を収めます。クネヒトは大成功に終わったガラス玉演戯のあとで、「カスターリエンとガラス玉演戯の不滅」を願いますが、その終焉を不安視しています。 

 この章はターニングポイントになっているので、伝記筆者の考察が前面に出てきて、総括するパートになっています。つまり、クネヒトが伝記の主人公になったのは、彼が安定を望む性格ではなく、常に発展を目指す伝説的な人物であることが強調されています。

第九章 対話

 極度にまで高められた理想郷カスターリエンですが、名人クネヒトの活躍もあり最高潮に達します。しかし、この理想郷も世俗から隔離された、極めて不自然な環境です。彼らは家族も労働も知りません。

 クネヒトは以前より友人テグラリウスにカスターリエン人特有の心身症を認め、その他にも教育州の不完全・不自然さを目の当たりにします。

 解決の糸口を外に求めたクネヒトは、思いがけず旧友のデシニョリとの再会を果たします。彼は政治家になっていて、教育州の財政監督政府委員会の一員となっていました。

 学生時代のクネヒトはデシニョリを遠ざけようとしていたのですが、今となっては彼の言う「自然な生活」の中に問題の打開策を見ます。

 

第十章 準備

 教育州で委員会がある度に、クネヒトはデシニョリと交友を深め、世俗の中で疲弊していくデシニョリの苦悩を聞きながら世間に対する見聞を深めます。

 また、クネヒトはガラス玉演戯名人を辞し、宗団を抜け、州外で教師として働きたい想いをデシニョリに相談します。デシニョリには一人息子がおり、夫婦で甘やかして育ててしまったので、息子ティトーの家庭教師をクネヒトに提案します。

 二人は8年ほどの歳月を費やし親交を温め直し、クネヒトは何度もデシニョリ家を訪ね、婦人とティトーとの信頼関係を築きます。クネヒトもデシニョリも、宗団は辞表を受理しないであろうことは予期し、それでも強行するつもりで周到に準備を進めました。 

 

第十一章 回章

 クネヒトはガラス玉演戯名人を辞し、州外の学校の先生となり、世俗の子供たちを教えたいという旨の辞表を、教育州に送ります。しかし、宗団本部からは却下されます。

 この辞表は「願い書」の形をとって、かなり長い手紙になっているのですが、教育州カスターリエンの宗団が保っている聖職制度の限界を憂慮し、指摘する内容になっています。

 クネヒトは歴史の研究から「全ての物事には終わりがある」という、仏教で言うところの「諸行無常」の歴史観に達観し、教育州もガラス玉演戯もいずれ終わってしまうことを危惧し、「願い書」に所見を寄せます。

 

第十二章 伝説

 クネヒトを思い止まらせようと対応にあたったのは宗団本部首席のアレクサンダーです。彼はかつてクネヒトがガラス玉演戯名人に就任した際に、後見人としてサポートしてくれた人物でした(当時は瞑想名人)。クネヒトとアレクサンダーとの間に知的な攻防があったのですが、結局クネヒトの決意は固く、辞表が受理されます。

 その後、クネヒトはデシニョリ邸を訪ね、デシニョリ婦人とティトーはそこで初めて、元ガラス玉演戯名人が家庭教師として家にやって来たことを知ります。戸惑いはあったものの、二人は快諾します。

 しかし、子供らしいイタズラ心を持て余すティトーは、自室に「最後の自由を謳歌したい。別荘で家庭教師を待つ。」と書き置きを残して、高地の別荘に出発してしまいます。

 後を追ってクネヒトが別荘に到着すると、ティトーは自分の意図を理解し、両親を連れてこなかった家庭教師を快く出迎えます。また、高山植物の標本を見せるティトーに対し、クネヒトは植物学の教授を頼みます。

 ティトーは高貴さと気品を漂わせる高潔な人物が、学問を押し付けるでもなく、教わろうとしていることに満足し、クネヒトとの勉強に期待を膨らませます。

 翌朝、クネヒトが裏玄関から湖に向かうと、水着姿のティトーが現れ、上機嫌で家庭教師に挨拶します。ティトーは家庭教師を水泳に誘い、クネヒトも彼の期待に応えようと泳いで彼を追いかけます。

 標高2千メートルの高地。9月の早朝。泳ぐのには寒すぎました。ガラス玉演戯名人ヨゼフス三世は水死で生涯を終え、伝説となります。

 

ヨーゼフ・クネヒトの遺稿

 本作は伝記の形式を用いて書かれていますので、主人公の心の内は明らかにされていません。そこで、かれの学生時代の作品として詩と創作小説を遺稿として収録しています。

 

学生時代と学生時代の詩

 嘆き/ 迎合/ けれどひそかに私たちはこがれる…/ 文字/

 古い哲学者を読んで/ 最後のガラス玉演戯者/

 バッハのトッカータに/ 夢/ 奉仕/ シャボン玉

 「異教徒反駁哲学大全」を読んだ後に/ 階段/ ガラス玉演戯

 

三つの履歴書

「雨ごい師」

 キリスト教以前の呪術信仰。ジェームズ・フレーザー著『金枝篇』で紹介されたような、雨乞いの儀式、雨司、レインメーカーとしての司祭王、女神ディアーナ(ダイアナ)信仰のような地母神信仰。

 

「ざんげ聴聞師」

 西方グノーシスキリスト教グノーシス派。グノーシス主義。デミウルグ(造物主)。デミウルゴスとは偽の神の意味で、グノーシス主義キリスト教からは異端として考えられています。

 

「インドの履歴書」

 東方グノーシス。広義のグノーシスキリスト教からすると異教徒。キリスト教グノーシス派はキリスト教内の異端ですが、こちらは全くの別の宗教の考え方で、作中では主に輪廻転生を扱っています。

 

注解

 注釈がまとめられていますが、はっきり言って足りません。自分で注釈を書き加えていく覚悟がないと、読み進めるのは難しいです。

あとがき

 訳者のあとがきが語られています。始めにこちらを読んでから、本文に取りかかることをおすすめします。

 

■まとめ

 本ブログでは、各章について一記事ずつに小分けし、詳細に読み解いていきたいと考えています。また、ヘッセの他の著作についても、『ガラス玉演戯』に絡めて考察します。