Das Glasperlenspiel

○ドイツの小説家へルマン・ヘッセの大作「ガラス玉演戯」を考察しています。ヘッセの他の著作についても、「ガラス玉演戯」と絡めて解説します。

第一章 「召命」 教育州カスターリエンの教育制度

 小説『ガラス玉演戯』の物語は教育州カスターリエンという架空の学園都市(州)で展開されます。こちらの章では主人公ヨーゼフ・クネヒトが教育州カスターリエンの英才学校に入学し、教育課程を終えて、研究課程に臨んでいく準備期間が描かれています。 

 教育州カスターリエンには、教育庁と宗団があります。基本的には映画「スターウォーズ」の、ジェダイ評議会とジェダイ寺院をイメージしてもらうと簡単です。宗団員はお金や物の個人所有を禁止され、結婚もできません。

 

 

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『シッダールタ』シッダールタとゴータマ 二人のブッダ

 へルマン・ヘッセの作品のなかでも特に人気があるのが『シッダールタ』です。世界中の言語に翻訳され、インドでも人気があるそうです。
 本作の主人公であり、タイトルにもなっている「シッダールタ」ですが、これは仏教を開いたブッダの出家前の名です。なので、ブッダ(覚者)が悟りを得るまでの物語として紹介されることも多いのですが、実際にはヘッセの創作したフィクションです。
 こちらの物語は、仏教を含めたインドの宗教や哲学をヘッセが独自に解釈し、「シッダールタ」の名前を借りて自身の宗教体験を告白する二次創作のような作品になっています。

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序章「ガラス玉演戯」 小説『ガラス玉演戯』の目的

 小説『ガラス玉演戯』では、伝記の形式を装って物語が進められます。序章にあたる部分では、その導入として[ガラス玉演戯]の具体的な方法や、発展の歴史、意義や基本理念についてまとめられています。

 しかし、この序章部分はヘッセの作品の中でも特に難解な表現に終始し、はっきり言えば不親切な解説になっています。ヘッセはこの序章で読者を選別しているのでは?とも勘ぐってしまいます。

 読者の知りたいことは瞑想法[ガラス玉演戯]の具体的な方法なのですが、読むほどに煙に巻かれて結局何なのか分からなくなります。ですが、これも序章を良く読めば分かることなのですが、主人公であるガラス玉演戯名人、ヨゼフス3世の生き方が[ガラス玉演戯]の理想の体現であることが示されています。

prologue

 

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『デミアン-エーミール・シンクレールの少年時代の物語』自己の完成

 『デミアン』はヘルマン・ヘッセの小説の中では世界中で人気のある作品です。最近のアマゾンの売れ筋では、「シッダールタ」「荒野の狼」「ガラス玉演戯」「車輪の下」に混ざって、上位の方で本書が出てきます。

 『デミアン』は第一次世界大戦中に執筆された作品で、内容的にはかなりショッキングな作品です。ヘッセははじめ、「エーミール・シンクレール」という偽名を用いて、戦闘で負傷した兵士が野戦病院で手当てを受けながら、昔を回想し執筆した作品のように偽装して本作を発表しています。

 内容としては、カイン宗徒(グノーシス主義)やアプラクサス(ABRAXASはグノーシス主義)について言及しながら物語を進めています。登場人物の一人であるエヴァ婦人を「万物の母」と形容したりと、かなり攻めています。(イブは人類の母です。万物の母は「物の母」なので、別物です。)

 「デミアン」自体がデーモン「悪霊にとりつかれたもの」から出ているとヘッセ自身が語っています。カイン主義は、「人類最初の殺人」を犯したカインの方こそ、高貴な人間とする異端の考えです。しかし、当時は大戦中で同じ信仰を持つ同胞・兄弟同士のキリスト教徒が敵味方に別れて殺しあっている状況でした。

 もはや、カインやアベルがという神話とは関係が無く、実際に兄弟殺しが行われている世界でした。

原題:Demian: Die Geschichte von Emil Sinclairs Jugend 1919年

 

 

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敬虔主義と陰陽五行思想 主人公の学生時代の研究②

 主人公のヨーゼフ・クネヒトは、研究時代にその成果として「三つの履歴書」を提出しますが、その後は18世紀の敬虔主義を研究し、また、シナ語を研究している老兄を訪ねて易経を学びます。

 この敬虔主義研究は特に、ルター派プロテスタント神学者、ヨーハン・アルブレヒトベンゲルという聖書学者に関するものです。

 そして、易経とは陰陽五行思想を基本にした、64卦の竹板を用いる占いのことです。キリスト教圏では、善と悪とを明確に分けてしまうので、陰陽のバランスという発想に乏しいです。

 

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三つの履歴書 主人公の学生時代の研究①

 小説『ガラス玉演戯』では、主人公ヨーゼフ・クネヒトの遺稿として、「三つの履歴書」というものが収録されています。こちらは主人公がガラス玉演戯名人として大成する前に、学生時代の研究課題として提出された創作です。現在で言うところの研究論文のようなものです。

 それぞれ、「雨ごい師」「ざんげ聴聞師」「インドの履歴書」としてタイトルが付けられ「その時代に自分が生きていたら?」と空想・妄想する仮構的自叙伝です。

 主人公はこれらの作品を教育州に研究の成果として提出すると、「今度はもっと歴史的に近く、記録が豊富にあるテーマを選ぶように」と言われ、その後は18世紀の敬虔主義の研究を始めます。

”生徒は、ある環境と文化の中に、いずれかの昔の精神的風土の中に自分を移し、その中で自分に相応する生活を考え出す、という課題をあてがわれた。”ーP.93

 事前にこの三作品について扱っておいた方が、小説『ガラス玉演戯』の理解に役立つと思いましたので、まず先に取り上げてみたいと思います。

 

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『車輪の下』車輪の下じきにならないように

車輪の下』はドイツの小説家ヘルマン・ヘッセの代表作です。しかし、人気と知名度があるのは日本だけで、世界的にヘッセの代表作として名前が挙がるのは『ガラス玉演戯』や『シッダールタ』『荒野の狼』などです。

 もちろん、この小説はヘッセの自叙伝的位置付けにあるので世界的にも人気があるのですが、暗く陰鬱な内容でもある本書は、ヘッセファンの私からすると「ヘッセの魅力の全てではない」と、注釈を加えたくなります。

 一時期、日本では「詰め込み教育」「受験戦争」が起こり、その反動として「ゆとり教育」が始まったのですが、情操教育の重要性を見直そうとする教育者や教科書編集に従事していた方たちからは、本書はとても人気があり、現在の知名度となっているようです。

原題:Unterm Rad 1906年

 

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